題名: | 秘省後廳 |
作者: | 白居易 |
英譯: |
Above, a mountain ten thousand feet high:
Below, a river a thousand fathoms deep.
A strip of green, walled by cliffs of stone:
Wide enough for the passage of a single reed.
At Chü-t'ang a straight cleft yawns:
At Yen-yü islands block the stream.
Long before night the walls are black with dusk;
Without wind white waves rise.
The big rocks are like a flat sword:
The little rocks resemble ivory tusks.
We are stuck fast and cannot move a step.
How much the less, three hundred miles?
Frail and slender, the twisted bamboo rope:
A single slip-the whole convoy lost:
Weak, the dangerous hold of the towers' feet.
And my life hangs on this thread!
I have heard a saying "He that has an upright heart
Shall walk scathless through the lands of Man and Mo".
How can I believe that since the world began
In every shipwreck none have drowned but rogues?
And how can I, born in evil days
And fresh from failure, ask a kindness of Fate?
Often I fear that these un-talented limbs
Will be laid at last in an un-named grave!
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日譯: |
上(うえ)には万仭(ばんじん)の山有(やまあ)り
下(した)には千丈(せんじょう)の水有(みずあ)り
蒼蒼(そうそう)たる両崖(りょうがい)の間(かん)
闊狹(かっきょう) 一葦(いちい)を容(い)るるのみ
瞿唐(くとう)は呀(が)として直(ますぐ)に瀉(そそ)ぎ
灩澦(えんよ)は屹(きつ)として中(なか)に峙(そばだ)つ
未(いま)だ夜(よる)ならざるに黒厳昏(こくがんくら)く
風無(かぜな)くして白浪起(はくろうた)
大石(だいせき)は刀剣(とうけん)の如(ごと)く
小石(しょうせき)は牙歯(がし)の如(ごと)し
一歩(いっぼ)すら行(ゆ)く可(べ)からず
況(いわ)んや千三百里(せんびゃくり)をや
苒蒻(ぜんじゃく)だる竹篾(ちくべつ)の菍(つな)
欹危(きき)たる楫師(しゅうし)の趾(あと)
一(ひと)たび跌(あやま)でば完舟無(かんしゅうな)し
吾(わ)が生(せい)は此(こ)れに繫(つな)ぐ
常(つね)に聞(き)く 忠信(ちゅうしん)に仗(よ)れば
蛮貊(ばんばく)も行(おこな)がる可(べ)しと
古自(いにしえっよ)り漂沈(ひょうちん)ずる人(ひと)
豈(あ)に尽(ことごと)く君子(くんし)に非(あら)ざらんや
況(いわ)んや吾(わ)が時(とき)と命(めい)と
蹇舛(けんせん) 恃(たの)むに足(た)らざるをや
常(つね)に恐(おそ)る 不才(ふさい)の身(み)
復(ま)た無名(むねい)の死(し)を作(な)さんことを
上には万仭の山有り 下には千丈の水有り 蒼蒼たる両崖の間 闊狹 一葦を容るるのみ 瞿唐は呀として直に瀉ぎ 灩澦は屹として中に峙つ 未だ夜ならざるに黒厳昏く 風無くして白浪起 大石は刀剣の如く 小石は牙歯の如し 一歩すら行く可からず 況んや千三百里をや 苒蒻だる竹篾の菍 欹危たる楫師の趾 一たび跌でば完舟無し 吾が生は此れに繫ぐ 常に聞く 忠信に仗れば 蛮貊も行がる可しと 古自り漂沈ずる人 豈に尽く君子に非ざらんや 況んや吾が時と命と 蹇舛 恃むに足らざるをや 常に恐る 不才の身 復た無名の死を作さんことを 上には万仭の山があり、下には千丈の川がある。 青黒く迫る両側の断崖の間は、一艘の葦舟がやっと入るほど。 瞿唐峡は口を開けて一気に水を吐き出し、灩澦堆はすっくと中にそびえ立つ。 夜でもないのに岩は黒々と薄暗く、風もないのに白い波が立つ。 大きな岩は刀剣のようにそそり立ち、小さな岩は歯のように切り立つ。 一歩たりとも進めそうもない、それが千三百里も続くのだ。 舟を曳くやわな竹皮の綱、危なげな船乗りの足もと。 一度踏み間違えば、舟は跡形をとどめず、わたしの命はそれに繋がれている。 忠と信に則れば、蛮人の国でもやっていけると常々聞いていた。 しかし古来水没した人に、君子が一人もいなかったわけではなかろう。 ましてやわたしの時と運命といえば、いつもちぐはぐで頼りになりはしない。 かねがね恐れていた通り、不才のこの身は、名もなく死んでしまうのではないか。 新秋の地面にはエンジュの白い花が雨にうたれて散っている。 日のくれがたになると空ではキリの葉が秋風に吹かれている。 さて奥ざしきでは一日じゅうなに一つ仕事もなく しらが頭の長官が本を枕にして居眠りしている。 槐花(くわいくわ) 雨(あめ)に潤(うるほ)ふ新秋(しんしう)の地 (ち) 桐葉(とうえふ) 風(かぜ)に翻(ひるがへ)る夜(よ)ならんとする天(てん)。 盡日(ひねもす) 後廳(こうちゃう) 一事(いちじ)なく 白頭(はくとう)の老監(らうかん) 書(しょ)を枕(まくら)にして眠(ねむ)る。 槐花 雨に潤ふ新秋の地 桐葉 風に翻る夜ならんとする天。 盡日 後廳 一事なく 白頭の老監 書を枕にして眠る。 |