題名: | 述懷 |
作者: | 魏徵 |
中原初逐鹿,投筆事戎軒。縱橫計不就,慷慨志猶存。杖策謁天子,驅馬出關門。請纓繫南粵,憑軾下東藩。鬱紆陟高岫,出沒望平原。古木鳴寒鳥,空山啼夜猿。既傷千里目,還驚九折魂。豈不憚艱險,深懷國士恩。季布無二諾,侯嬴重一言。人生感意氣,功名誰復論。 | |
英譯: | 暫無英譯內容 |
日譯: |
隋の煬帝の失政から世はまた亂れに亂れ、群雄が諸國に割據して、あたかも
多くの獵師が一匹の鹿をおいかけるように、われこそ天下をとろうと互いに鬪爭する有樣ではないか。一介の文學の士である自分も、筆を投げ棄てて戦亂の巷に奔走する身となった。われ、いくたびか群雄に說いて、字内統一の秘策を獻じたが、ついに成功をみなかった。しかし今なお天下國家を憂うる氣持ちにかわりはない。新しくおこった唐にはせ參じた自分は、直接、天子に謁見して東方宣撫の大任を買って出た。自分の申し出はただちに聞き届けられ、今や天子の使者として、馬を走らせて潼關を出、函谷關を出て、强
敵の中心に乗りこんで行くのだ。昔、終軍という學者は漢の武帝の命を受けて南越を歸順させるための使者にたつとき「願わくば冠の長い紐を頂戴いたしたい、それで南越王をつないで馬をひっぱるようにして、つれて歸ってまいりましょう」といったそうだが、南越王を説得して漢に服從させることに成功した。また酈食其という男は、漢の高祖のために齊の國におもむき、齊王に説いて歸服せしめた。つまり、車に乗ってかけめぐるだけで、一兵もついやさずに齊の七十餘城を下したのだ。自分は終軍や酈食其の行動を今やろうとしているのだ。まがりくねった道を通って高い山頂に登るかと思えば、見おろすかなたには遙かに平原が見えたり隱れたりする。古木には鳥がさむざむとした聲で鳴いているし、夜になると、人けのない山の奥で猿のなくのも耳にはいってくる。千里の旅に出た自分としては、見るもの聞くもの、みな心をいたましめる種であるが、つづらおりのけわしい坂路にさしかかると、はっと肝をひやすのだ。昔の人が、盆州の九折坂で驚きおそれたのも、こんなふうだったかと思われる。
自分も人間だ。艱難辛苦が平氣なわけではない。なにも途中の苦勞だけではない。前途にはまだまだ大難が待ちかまえている。酈食其は車の横木にすがったままで齊の七十餘城を下したまではよかったが、韓信が自分の軍功を奪われるのをおそれて、知らぬ顔をして齊王を攻撃した。歸順の意思を表している齊王は酈食其にだまされたと思って激怒し、酈食其を捕えて煮殺してしまった。また終軍も南越に單身乗りこんで行って國王を歸屬せしめることに成功したとはいえ、その下の宰相が漢にくだることを好まず、叛旗をひるがえして國王を攻め殺し、漢の使者終軍もいっしょに殺されてしまった。自分の行く手にも同じような運命が待っていないとはいえない。
しかし大唐皇帝は新參の自分を信任して國士として待遇し、この大役を授けられた。自分はこの恩寵に感激せざるを得ないではないか。昔、楚の季布という勇士は一度引受けたことばは絶對にたがえなかったし、魏の侯嬴という老人は一言の約束を守るために、ついにみずから首をはねることも辭せなかった。人間と生まれては意氣に感じて働く。そうなれば功名など、かれこれと論ずるにたらぬ。自分はまっしぐらにすすんでゆくだけだ。
中原(ちゅうげん) 還(また) 鹿(しか)を逐(お)ふ。 筆(ふで)を投(とう)じて戎軒(じゅうけん)を事(こと)とす。 縱橫(じゅうわす) 計就(はかりごとな)らざれども、 慷慨(かうがい) 志猶(こころしなほ) 存(そん)せり。 策(さく)を仗(つ)いて 天子(てんし)に謁(えつ)し、 馬(うま)を驅(か)って 關門(くわんもん)を出(い)づ。 纓(えい)を請(こ)うて 南粵(なんゑつ)を繫(つな)ぎ、 軾(しょく)に憑(よ)りて東藩(とうはん)を下(くだ)さん。 鬱紆(うつう)として高岫(かうしう)に陟(のぼ)り、 出沒(しゅつぼつ)して平原(へいげん)を望(のぞ)む。 古木(こぼく) 寒鳥鳴(かんてうな)き、 空山(くうざん) 夜猿啼(やゑんな)く。 既(すで)に千里(せんり)の目(め)を傷(いた)ましめ、 還(また) 九折(きゅうせつ)の魂(こん)を驚(おどろ)かす。 豈(あに) 艱険(かんけん)を憚(はばか)らざらんや、 深(ふか)く國士(こくし)の恩(おん)を懷(おも)ふ。 季布(きふ) 二諾無(にだくな)く、 侯嬴(こうえい) 一言(いちごん)を重(おも)んず。 人生(じんせい) 意氣(いき)に感(かん)ず、 功名(こうみやう) 誰(たれ)か復(また) 論(ろん)ぜん。 中原 還 鹿を逐ふ。 筆を投じて戎軒を事とす。 縱橫 計就らざれども、 慷慨 志猶 存せり。 策を仗いて 天子に謁し、 馬を驅って 關門を出づ。 纓を請うて 南粵を繫ぎ、 軾に憑りて東藩を下さん。 鬱紆として高岫に陟り、 出沒して平原を望む。 古木 寒鳥鳴き、 空山 夜猿啼く。 既に千里の目を傷ましめ、 還 九折の魂を驚かす。 豈 艱険を憚らざらんや、 深く國士の恩を懷ふ。 季布 二諾無く、 侯嬴 一言を重んず。 人生 意氣に感ず、 功名 誰か復 論ぜん。 天下の中枢ばまたしても乱れ、群雄が政権を争う世となった。この私も$ただ手をこまねいていることを潔しとせず$文筆を捨てて武器を執り、身を戦陣に挺することとなった。群雄の間を歴遊して天下統一の策を実現することはできなかったが、世の乱れをうれえ嘆く気概は今も大いに盛んである。$いよいよ君命を拝し$馬のむらを手に、出征の姿で皇帝陛下に拝謁、馬を駆って関所の門を出た。$思えばむかし$漢の終軍は$南越に使いするに当たって$長纓を請い、これで南越の王を引き立ててまいりますと誓った。また漢の酈食其は$斉に使いした時$車に乗ったまま、戦わずして斉の諸城を降した$このたびの自分の役目も正に彼らと同じ、武力ではなく、弁舌によって相手を帰服させることなのだ$。 $しかし行路の困難は並大抵のものではなく$うねうねとつづく山路を辿って高い降を登れば、見えつ隠れつ果てもなく起伏する大平原が望まれる。古木にはさびしく鳥がさえずり、人けのない山では夜中に猿が鳴く。遠いかなたを見はるかすわが眼差しは愁いに曇り、さらに一晩に幾度となく故郷へ帰るわが魂は不安におののく$旅路の苦しさのみならず、かの終軍や食其のような悲惨な末路が私の行く手に待ち構えているかも知れないのだ$。私とてもそのような受難をおそれぬではないが、しかし国中第一の人物として抜擢された恩寵を深く肝に銘じている今、私の心はひるみはしない。 むかし楚の季布は、一旦引き受けたことは必ず実行してそむくことが無く、魏の侯贏もまた一言を重んじ、一死をもって約束を果たした$私も彼らのように信義を守り、このたびの大任をりっぱに果たしてみせる$。人は、真に己れを知る者の 厚いもてなしに感動すれば、身命を拋つことすら惜しまぬものなのだ。些々たる功名のことなど、全く問題ではない。 中原(ちゅうげん) 還(ま)た鹿(しか)を逐(お)ふ 筆(ふで)を投(とう)じて 戎軒(じゅうけん)を事(こと)とす 縱橫(じゅうわう) 計就(けいな)らざれるも 慷慨(かうがい) 志(こころざし)猶(な)ほ存(そん)す 策(さく)を仗(つえつ)きて 天子(てんし)に謁(えっ)し 馬(うま)を駆(か)って 関門(くわんもん)を出(い)づ 纓(えい)を請(こ)ひて 南粵(なんえつ)を繫(つな)ぎ 軾(しょく)に憑(よ)りて 東藩(とうはん)を下(くだ)さん 鬱紆(うつう)として 高岫(かうしう)に陟(のぼ)り 出沒(しゅっぼつ)して 平原(へいげん)を望(のぞ)む 古木(こぼく) 寒鳥(かんてう)鳴(な)き 空山(くうざん) 夜猿(やえん)啼(な)く。 既(すで)に千里(せんり)の目(め)を傷(いた)ましめ 還(ま)た九逝(きゅうせい)の魂(こん)を驚(おどろ)かす 豈(あ)に艱険(かんけん)を憚(はばか)らざらんや 深(ふか)く國土(こくし)の恩(おん)を懷(おも)ふ 季布(きふ)は 二諾(にだく)無(な)く 侯嬴(こうえい)は 一言(いちごん)を重(おも)んず。 人生(じんせい) 意氣(いき)に感(かん)ず 功名(こうみゃう) 誰(たれ)か復(ま)た論(ろん)ぜん 中原 還た鹿を逐ふ 筆を投じて 戎軒を事とす 縱橫 計就らざれるも 慷慨 志猶ほ存す 策を仗きて 天子に謁し 馬を駆って 関門を出づ 纓を請ひて 南粵を繫ぎ 軾に憑りて 東藩を下さん 鬱紆として 高岫に陟り 出沒して 平原を望む 古木 寒鳥鳴き 空山 夜猿啼く。 既に千里の目を傷ましめ 還た九逝の魂を驚かす 豈に艱険を憚らざらんや 深く國土の恩を懷ふ 季布は 二諾無く 侯嬴は 一言を重んず。 人生 意氣に感ず 功名 誰か復た論ぜん またもや乱世となり各地の群雄が天下取りをめざしたとき、私も文筆をなげうって戦場に身をさらしてきた。しきりに合従連衡をはかって事は破れたけれども、やらんかなの気持だけは、今もなお胸のなかにたぎっている。 馬の鞭を杖がわりにして天子に拝謁し、その命を受けて、今、馬を駆って函谷関を出るところだ。かくなるうえは、天子から賜わった冠のひもで南粤王を縛りあげた終軍のように、あるいは車の横木にもたれたまま弁舌ひとつで東方の国々を帰服させた殿食欺のように、私も大きな手柄を立てる覚悟である。 曲りくねった道をたどって高い峰へと登っていけば、はるかかなたに平原が見え隠れしている。古木には冬の鳥がさびしげに鳴き、人気のない夜の山には猿が悲しげに啼いていいる。 千里のかなたへ目をこらすにつけても心は痛み、思いは幾度も幾度も遠い故郷へと飛ん でいく。私とて厳しい困難にたじろがないわけではないが、国士として遇してくれた天子の恩には、なんとしても報いなければならない。 昔、季布という俠客は一度約束したことは違えたことはなかったし、侯贏という人物もたった一言の約束におのれの命をかけた。人間であるからには男同士の意気に感じるもの、 一身の功名などは問題とするに足りない。 中原(ちゅうげん) 還(ま)た鹿(しか)を逐(お)い、 筆(ふで)を投(とう)じて戎軒(じゅうけん)を事(こと)とす 縱橫(じゅうおう)の計就(はいな)らざれども、 慷慨(かうがい)の志(こころざし) 猶(な)お存(そん)す 策(さく)を仗(つ)いて天子(てんし)に謁(えつ)し 馬(うま)を驅(か)って關門(かんもん)を出(い)づ 纓(えい)を請(こ)うて南粵(なんえつ)を繫(つな)ぎ、 軾(しょく)に憑(よ)って東藩(とうはん)を下(くだ)さん 鬱紆(うつう) 高岫(こうしゅう)に陟(のぼ)り、 出沒(しゅつぼつ) 平原(へいげん)を望(のぞ)む 古木(こぼく)に寒鳥(かんちょう)鳴(な)き、 空山(くうざん)に夜猿(やえん)啼(な)く。 既(すで)に千里(せんり)の目(め)を傷(いた)ましめ、 還(ま)た九逝(きゅうせい)の魂(たましい)を驚(おどろ)かす。 豈(あ)に艱険(かんけん)を憚(はばか)らざらんや、 深(ふか)く國士(こくし)の恩(おん)を懷(おも)う。 季布(きふ)に二諾(にだく)無(な)く、 侯嬴(こうえい)は一言(いちごん)を重(おも)んず。 人生(じんせい) 意気(いき)に感(かん)ず、 功名(こうみやう) 誰(たれ)か復(ま)た 論(ろん)ぜん。 中原 還た鹿を逐い、 筆を投じて戎軒を事とす 縱橫の計就らざれども、 慷慨の志 猶お存す 策を仗いて天子に謁し 馬を驅って關門を出づ 纓を請うて南粵を繫ぎ、 軾に憑って東藩を下さん 鬱紆 高岫に陟り、 出沒 平原を望む 古木に寒鳥鳴き、 空山に夜猿啼く。 既に千里の目を傷ましめ、 還た九逝の魂を驚かす。 豈に艱険を憚らざらんや、 深く國士の恩を懷う。 季布に二諾無く、 侯嬴は一言を重んず。 人生 意気に感ず、 功名 誰か復た 論ぜん。 |