唐詩平行語料庫研究計畫


題名: 登岳陽樓
作者: 杜甫
昔聞洞庭水,今上岳陽樓。吳楚東南坼,乾坤日夜浮。親朋無一字,老病有孤舟。戎馬關山北,憑軒涕泗流。
英譯: Long have I heard of Dongting Lake: Now I ascend the tower at Yueyang. Her waters divide Wu from Chu in the southeast, The universe of sun and moon upon their surface. Not a word from family or friends. Old and sick, on a solitary boat, As the war rages on in the northern mountain passes. Leaning from the balustrade, I cannot control my tears.
Long I've heard of Dongting Lake, And now I'm on Yueyang Tower. Breaking the land in two, Pushing Wu to the east And Chu to the south, A The great lake holds sun and moon Floating day and night. Not a word from relatives and friends, What I have is a boat, With age and illness for company. But war is going on in the north; And gazing out, my eyes are dim with tears.
日譯: ずっと以前(いぜん)から聞(き)いていた洞庭湖(どうていこ)の水(みず)の広(ひろ)がる景観(けいかん)を、今(いま)ここに、その岳陽楼(がくようろう)に登(のぼ)って眺(なが)めているのだ。ここ呉楚(ごそ)の大地(だいち)が、中国全土(ちゅうごくぜんど)の中(なか)の東南(とうなん)の位置(いち)で、洞庭湖(どうていこ)によって二(ふた)つに切(き)り裂(さ)かれ、天地(てんち)の間(あいだ)のすべてのものが、昼(ひる)となく夜(よる)となくこの湖水(こすい)に浮(う)かぶように映(うず)っている。 肉親(ないしん)や友人(ゆうじん)からはわずか一字(いちじ)のたよりもなく、老(お)いて病気(びょうき)がちの身(み)に、あるものは一(ひと)そうの小舟(こふね)ばかり。関所(せきしょ)のある山々(やまやま)の北(きた)の地(ち)では、今(いま)もなお戦乱(せんらん)が続(つづ)いており、それを思(おも)えば高楼(こうろう)のてすりにもたれかかっては、とめどもなく涙(なみだ)が流(なが)れる。
ずっと以前から聞いていた洞庭湖の水の広がる景観を、今ここに、その岳陽楼に登って眺めているのだ。ここ呉楚の大地が、中国全土の中の東南の位置で、洞庭湖によって二つに切り裂かれ、天地の間のすべてのものが、昼となく夜となくこの湖水に浮かぶように映っている。 肉親や友人からはわずか一字のたよりもなく、老いて病気がちの身に、あるものは一そうの小舟ばかり。関所のある山々の北の地では、今もなお戦乱が続いており、それを思えば高楼のてすりにもたれかかっては、とめどもなく涙が流れる。
昔(むかし)聞(き)く 洞庭(どうてい)の水(みず)、今上(いまのぼ)る 岳陽楼(がくようろう) 吳楚(ごそ) 東南(とうなん)にさけ、乾坤(けんこん) 日夜(にちや)浮(う)かぶ 親朋(しんぼう) 一字(いちじ)無(な)く、老病(ろうびょう) 孤舟(こしゅう)有(あ)り 戎馬(じゅうば) 関山(かんざん)の北(きた)、軒(けん)に憑(よ)りて 涕泗(ていし)流(なが)る
昔聞く 洞庭の水、今上る 岳陽楼 吳楚 東南にさけ、乾坤 日夜浮かぶ 親朋 一字無く、老病 孤舟有り 戎馬 関山の北、軒に憑りて 涕泗流る
昔聞きし洞庭の水 今ぞ登る岳陽楼 呉楚の地東南に坼けてこの湖となり 天地日夜この水に浮かぶ 親戚も朋友も消息なく 老い病む身には小舟ひとつ ああ関山の北いくさやまず 軒によれば涙ながるる
昔(むかし)聞く洞庭(どうてい)の水 今上(のぼ)る岳陽楼(がくようろう) 吳楚(ごそ) 東南に坼(さ)け 乾坤(けんこん) 日夜(にちや)浮(う)かぶ 親朋(しんぼう) 一字(じ)無く 老病 孤舟(こしゅう)有り 戎馬(じゅうば) 関山(かんざん)の北 軒(けん)に憑(よ)って涕泗(ていし)流る
昔聞く洞庭の水 今上る岳陽楼 吳楚 東南に坼け 乾坤 日夜浮かぶ 親朋 一字無く 老病 孤舟有り 戎馬 関山の北 軒に憑って涕泗流る
昔(むかし) 聞(き)く 洞庭(どうてい)の水(みづ)。 今上(いまのぼ)る 岳陽樓(がくやうろう)。 吳楚(ごそ) 東南(とうなん)に拆(さ)け、 乾坤(けんこん) 日夜浮(にちやうか)ぶ。 親朋(しんぼう) 一字無(いちじな)く、 老病(らうびゃう) 孤舟有(こしうあ)り。 戎馬(じゅうば) 關山(くわんざん)の北(きた)、 軒(けん)に憑(よ)って涕泗流(ていしなが)る。
昔 聞く 洞庭の水。 今上る 岳陽樓。 吳楚 東南に拆け、 乾坤 日夜浮ぶ。 親朋 一字無く、 老病 孤舟有り。 戎馬 關山の北、 軒に憑って涕泗流る。
昔から洞庭湖の壯觀については、かねがね話には聞いていたが、今、はじめて自分自身この地へきて、岳陽樓に登って眺めてみて、いかにも雄大な風景に心をうたれた。吳楚の地方が二つに裂けて東南にへ だたり、はてしも知らぬ水面は、晝も夜も、天地萬物を浮かべて漫々とたたえている。しかし考えてみれば、わがさすらいの身の上はなんとはかないものであろう。親類や友人たちからは一片の手紙らしいものもきはしないし、年老いて病弱の身にはただ一そうの小舟があるばかりだ。聞けば、あの山々の彼方の、北のほう都の近くには吐蕃が侵入して兵亂のたえまがないということだから、いつになったら帰れるか、わかったものではない。自分はちかくの欄干にすがって、さめさめと涙が流れ出てきてしようがなかった。
昔から雄大な洞庭湖のうわさを耳にしていたが、今$はじめて$その岸べに建つ岳陽楼にのぼった。 $楼上から眺めると$、世界の東南部に位置する呉楚の大地が$東南の方へ$まっ二つに引き裂かれ、$その亀裂にできた湖には$広大な天と地が、昼も夜も$荒れ狂う水面に$浮かんでいる。 肉親や友人たちからは一通のたよりさえなく、年老いた病身には$身をよせる$一そうの小舟があるばかり。 関所の置かれた国境の山々の北$中原地域$では、戦さが$今もなお$続いており、楼上の手すりにもたれて見はるかすと、$さまざまな感慨にとらわれ$、涙がとめどなくあふれてくる。
昔(むかし)聞(き)く 洞庭(どうてい)の水(みづ) 今上(いまのぼ)る 岳陽楼(がくやうろう) 吳楚(ごそ) 東南(とうなん)に坼(さ)け 乾坤(けんこん) 日夜(にちや)浮(う)かぶ 親朋(しんぼう) 一字(いちじ)無(な)く 老病(らうびゃう) 孤舟(こしう)有(あ)り 戎馬(じゅうば) 関山(くわんざん)の北(きた) 軒(けん)に憑(よ)りて 涕泗(ていし)流(なが)る
昔聞く 洞庭の水 今上る 岳陽楼 吳楚 東南に坼け 乾坤 日夜浮かぶ 親朋 一字無く 老病 孤舟有り 戎馬 関山の北 軒に憑りて 涕泗流る
昔から洞庭湖の壮大さについて聞いていたが、 今、岳陽楼に上って、その湖面をながめている。 東南の呉と楚の地は、この湖によって引き裂かれており、その湖面には、天地宇宙すべてのものが昼夜の別なく影を落として浮動している。 さて今の私には、親類や友人から一字の便りさえなく、 この老いて病む身に、ただ一そうの小船があるだけだ。 思えば、今なお戦乱が関所や山を隔てた北の故郷では続いている。 楼上の手すりに寄りかかっていると、涙が流れ落ちるばかりである。
昔(むかし)聞(き)く 洞庭(どうてい)の水(みず) 今上(いまのぼ)る 岳陽楼(がくようろう) 吳楚(ごそ) 東南(とうなん)に坼(さ)け 乾坤(けんこん) 日夜(にちや)浮(う)かぶ 親朋(しんぼう) 一字(いちじ)無(な)く 老病(ろうびゃう) 孤舟(こしゅ)有(あ)り 戎馬(じゅうば) 関山(かんざん)の北(きた) 軒(けん)に憑(よ)れば涕泗(ていし)流(なが)る
昔聞く 洞庭の水 今上る 岳陽楼 吳楚 東南に坼け 乾坤 日夜浮かぶ 親朋 一字無く 老病 孤舟有り 戎馬 関山の北 軒に憑れば涕泗流る
昔から洞庭湖の壮大さについて聞いていたが、 今、岳陽楼に上って、その湖面をながめている。 東南の呉と楚の地は、この湖によって引き裂かれており、 その湖面には、天地宇宙すべてのものが昼夜の別なく影を落として浮動している。 さて今の私には、親類や友人から一字の便りさえなく、 この老いて病む身に、ただ一そうの小船があるだけだ。 思えば、今なお戦乱が関所や山を隔てた北の故郷では続いている。 楼上の手すりに寄りかかっていると、涙が流れ落ちるばかりである。
昔(むかし)聞(き)く 洞庭(どうてい)の水(みず) 今上(いまのぼ)る 岳陽楼(がくようろう) 吳楚(ごそ) 東南(とうなん)に坼(さ)け 乾坤(けんこん) 日夜(にちや)浮(う)かぶ 親朋(しんぽう) 一字(いちじ)無(な)く 老病(ろうびょう) 孤舟(こしゅう)有(あ)り 戎馬(じゅうば) 関山(かんざん)の北(きた) 軒(けん)に憑(よ)れば涕泗(ていし)流(なが)る
昔聞く 洞庭の水 今上る 岳陽楼 吳楚 東南に坼け 乾坤 日夜浮かぶ 親朋 一字無く 老病 孤舟有り 戎馬 関山の北 軒に憑れば涕泗流る
昔から話には聞いていた洞庭湖、今その岸辺に建つ岳陽楼に上っていく。 この湖水は呉と楚を南と東にまっ二つに裂き、昼も夜も天と地を浮かべ続けてきた。 親しい人々からも短い便りとてなく、老いて病む身に残されたのは、たった一隻の小舟だけ。 関所のある山々の北では、今なお戦乱が続いている。欄干によりかかっていると、思わず涙があふれてくる。
昔(むかし)聞(き)く 洞庭(どうてい)の水(みず)、 今上(いまのぼ)る 岳陽楼(がくようろう)。 吳楚(ごそ) 東南(とうなん)に坼(さ)け、 乾坤(けんこん) 日夜(にちや)浮(う)かぶ。 親朋(しんぽう) 一字(いちじ)無(な)く、 老病(ろうびょう) 孤舟(こしゅう)有(あ)り。 戎馬(じゅうば) 関山(かんざん)の北(きた)、 軒(けん)に憑(よ)れば涕泗(ていし)流(なが)る。
昔聞く 洞庭の水、 今上る 岳陽楼。 吳楚 東南に坼け、 乾坤 日夜浮かぶ。 親朋 一字無く、 老病 孤舟有り。 戎馬 関山の北、 軒に憑れば涕泗流る。

國立高雄科技大學應用英語系、高瞻科技不分系/國立彰化師範大學英語系